福岡市博物館にて委託販売が始まりました!
- 伝統屋 暁

- 1月10日
- 読了時間: 4分
どうも、伝統技術を愛してやまない伝統屋 暁のスタッフです!
1月2日から6日まで開催した【招福展】にお越しいただいたみなさま、
本当にありがとうございました。
売上の一部の寄付先については、また後日、報告させていただきます。
さて、1月6日(火)より、福岡市博物館にて
玉鋼アクセサリーを委託販売しています。
この期間の展示は
1月6日(火)~2月1日(日)国宝 刀 名物「圧切長谷部」 2月3日(火)~3月1日(日)国宝 太刀 名物「日光一文字」
名刀「へし切り長谷部」

出典:刀剣ワールド
「へし切り長谷部」は、日本刀を代表する名刀のひとつで、
織田信長・豊臣秀吉・黒田家といった戦国史を彩る人物たちと深い関わりを持つ刀です。
その名の由来は、織田信長にまつわる有名な逸話にあります。
信長が粗相をした茶坊主を成敗する際、逃げ込んだ相手を膳棚ごと刀で「圧し斬った」と伝えられ、この出来事から「へし切り長谷部」と呼ばれるようになりました。
この逸話は、刀の圧倒的な切れ味と強靭さを象徴するものとして、
名刀としての評価を決定づけています。
本作は、南北朝時代、山城国(現在の京都府)で活躍した刀工「長谷部国重(はせべくにしげ)」による作とされています。
国重は、名匠・正宗に連なる名工たち「正宗十哲」の一人に数えられています。
刀身には、刃先だけでなく全体に焼きを入れる高度な技法「皆焼(ひたつら)」が用いられ、網目のような美しい地肌と、湾れ刃に小沸がつく特徴的な刃文を備えています。
これは相州伝の技法であり、国重の得意とした表現でもありました。
もともとは大太刀として作られましたが、後に磨り上げられて打刀となり、
その際に銘が失われました。
現在見られる金象嵌の銘は、後世に本阿弥光徳によって入れられたものです。
黒田長政と「へし切り長谷部」
この刀は、黒田長政(くろだながまさ)の手を経て、さらにその存在感を高めていきます。長政は、軍師として名高い黒田官兵衛(如水)の子で、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康という三人の天下人に仕えた人物です。
関ヶ原の戦いでは東軍として活躍し、その功績により福岡藩52万石の初代藩主となりました。
「へし切り長谷部」は黒田家の家宝として代々受け継がれ、戦国武将たちの戦いを今に伝える歴史的遺物となっています。
実は黒田長政は、若き日に処刑されかけた過去を持っています。
父・官兵衛が、荒木村重の説得のため有岡城へ赴いた際、逆に捕らえられてしまい、その情報が信長に届かなかったことで「裏切り」と誤解されてしまったのです。
その結果、官兵衛の息子である長政に処刑命令が下されたと伝えられています。
処刑を命じられた秀吉が躊躇していたところ、その役を引き受けたのが竹中半兵衛でした。
半兵衛は機転を利かせ、長政を家臣の屋敷に匿い、
代わりに別人の首を差し出して命を救ったとされています。
その後、黒田父子は再び豊臣秀吉に仕え、秀吉は天下統一を成し遂げました。
近年では、「へし切り長谷部」をはじめとする日本刀が、ゲームやアニメ、フィギュアなどの現代文化を通じて、新たな世代からも注目を集めています。
特に『刀剣乱舞』などの人気コンテンツをきっかけに、多くの人に親しまれる存在となり、日本刀文化の象徴として再評価されています。
これは、伝統と現代文化の融合を示す好例であり、
日本の文化的財産の魅力を世界へ発信する大きなきっかけにもなっています。
日本刀は、武将たちが命を懸けて用いた実用的な武器であると同時に、
匠の技が生み出した芸術品でもあります。
私自身も日本刀の展示を鑑賞しましたが、こうした機会を通じて、
日本の歴史や文化の奥深さ、そしてそれを未来へ受け継ぐ意義を、
改めて感じることができました。
ゲームを通して知った方も、ぜひ一度「本物」を目にしてみてはいかがでしょうか。
福岡市博物館のミュージアムショップにて「玉鋼アクセサリー」を委託販売中です。
ぜひ、ミュージアムショップにお立ち寄りください。
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伝統屋 暁で取り扱っている作品は全て本物の技術を詰め込んでいます。
和風アクセサリーが大好きなあなたにも満足いただける作品が揃っています。
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