どうも、伝統技術を愛してやまない伝統屋暁のスタッフです!
いつもブログを読んでいただきありがとうございます。
またまた委託販売が決まりました!
5月21日(土)から6月19日(日)まで、
米沢市上杉博物館様にて玉鋼アクセサリーを委託販売させていただくこととなりました!
この期間は「戦国京都と上杉家」という展示です。
こちらも「刀剣乱舞ーONLINE-」とのコラボ企画がありまして、刀剣男士「五虎退(ごたたい)」等身大パネルや描き下ろしイラストの展示、また「おっきい こんのすけ」との撮影会があるようです!
詳しくはこちらを御覧ください。
【「五虎退(ごたたい)」とは】
鎌倉時代に作られたとされる上杉謙信の愛刀です。
作者は名刀工・粟田口藤四郎吉光(あわたぐちとうしろうよしみつ)で、この時代、この作者の刀を持つことは一つのステータスでした。
名前の由来は室町幕府3代将軍である足利義満が派遣した遣明使が、虎の群れに襲われた際、この短刀で追い払ったということから、この名がついたそうです。
25cmぐらいのの短刀なんですが姿も地鉄(じがね)も美しく、重要美術品に指定されている刀です。
現在も上杉家が所有しています。
【国宝「上杉本洛中洛外図屏風」】
米沢市上杉博物館でぜひ見ていただきたいのがこちら。
京都市中(洛中)と郊外(洛外)のパノラマ景観を描いた最高傑作で織田信長から上杉謙信へ送られたものと伝えられています。
多くの学者たちがこの図屏風を研究し、そこに込められたメッセージを考察し様々な議論が繰り返され、上杉本をめぐる論争は今も続いています。
絵の細かい部分にどんなメッセージが隠されていたのでしょうか…。
「織田信長から上杉謙信へ送られたもの」という説では信長は足利義昭を追放したあとに越後をおさえる上杉謙信との同盟を結びたいと考えて様々な贈り物をし、その中にこの「上杉本洛中洛外図屏風」があったと言われています。
「洛中洛外図屏風」は京都を高いところから見下ろしたように、町や人々の様子が描かれた屏風で6枚折れの屏風でペアになっているのが普通のかたちです。
今のように写真や映像がない時代に、このようなものはとても貴重であったと思われます。
【上杉謙信】
戦国時代最強と言われた武田信玄と互角に戦いました。
川中島の戦いでは上杉軍と武田軍も一進一退の攻防を繰り広げて、5回も戦ってもなお、決着が付かなかったのです。
武田信玄は病に倒れて亡くなり、その後謙信は室町幕府を再興するため京へのぼります。
途中で織田家の武将にも勝ち、幕府の再興も成し遂げられそうでしたがまだ叶わぬうちに病で亡くなりました。
「敵に塩を贈る」という言葉はこの上杉謙信から生まれたと言われています。
生涯人のため、正義のために闘った武将でした。
だから今も多くの人が魅了されているんですね。
米沢市上杉博物館では6月4日(土)に
「上杉謙信をはじめとする戦国大名は、なぜ足利将軍と交流しつづけたのか」という講演会もあるそうです!
ぜひ足をお運びくださいね!
さて、伝統屋 暁の「ジャパンエキスポへの挑戦のクラウドファンディング」は今月30日までです。
こちらの方も併せてよろしくお願いします!
質問などございましたら、お気軽にお問い合わせください。
dentoya.akatsuki@gmail.com
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このところの材料価格や輸送価格の急騰により、伝統屋 暁の商品の一部の価格を4月1日より値上げさせていただきました。
大変申し訳ありませんが、ご理解のほど、よろしくお願いいたします。
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